株式会社エアープランツ・バイオ 代表取締役
武山 健一さん
今回お話を伺ったのは、人や動物遺伝子の抽出やDNA情報の研究開発などを行う株式会社エアープランツ・バイオの代表、武山健一さんです。
遺伝子の研究者である武山さんが、どのようなきっかけでペットのDNAサービスを作ることになったのか、また遺伝子情報を知ることでどのような良いことがあるのか。興味深いお話をお聞きしました。
研究からビジネスへの転身
――エアープランツ・バイオを起業された背景について教えてください。
もともと私は研究者でした。東大での研究活動を経て、海外で主に骨の研究に取り組んでいたんです。しかし、日本に帰国する際に、基礎研究を続けるだけでなく、もっと科学の力を実生活に貢献させたいと考えました。今の時代、若い学生でも副業を行うのが普通で、研究者も自分の発見やスキルを活かして新しいビジネスに挑戦して良いのではと感じていたので…。
また、科学記事などを読んでいると「いつそれが社会に反映されるの?」と思うような先の長い話が書いてあるんですよ。別にその研究者自身がやるわけではない話なので、じゃあ誰がやるのっていうことを考えたときに、もっと人に貢献できる身近なサイエンスをやりたいなって思ったんですね。
サイエンスへの興味と起業のきっかけ
――昔から人と関わるのが好きだったり、サービス精神が旺盛だったりしましたか?
いえ、そんなことは全くありませんでした。私は地味な学生でしたが、家で大きな家庭菜園を手伝ううちに、生物や植物への興味が湧いてきました。それが中学時代のつくば万博への訪問をきっかけに、「サイエンスって面白そう、バイオテクノロジーって無限な可能性を秘めているな」とその可能性に魅了されていきました。
大学では分子生物学を専攻し、研究を続けましたが、次第に『論文を書くことだけでは自己満足に過ぎないのでは?』と感じるようになり、社会で求められていることと自分でできることを照らし合わせて、もっと人々に貢献できる道を模索し始めました。
そして2015年5月にハーバードから帰国。同年7月にエアープランツ・バイオを設立するに至りました。
友人の論文に触発されて
――起業時に掲げたビジョンについて教えてください。
ちょうど帰国のタイミングで、友人の菊水君(麻布大学)が発表した『犬と人の見つめ合いで信頼関係を築き、その司るホルモンがオキシトシンである』という論文に触発されました。
オキシトシンとは、コミュニケーションにおいて愛情や感情を豊かにする効果が報告されている9個のペプチドホルモン。菊水くんの研究にもある通り、ヒトとイヌの絆形成時に作用を発揮することから、種間を越えたコミュニケーションに欠かせない重要なホルモンとして着目されています。
人以外の生物とコミュニケーションができ、信頼関係を構築できる科学的なエビデンスとしてオキシトシンは凄く面白いと思いました。ビビッときて、『これをビジネスに活かそう』と思い立ったんです。
このオキシトシンを測定したいという人が絶対いると信じていたからやり始めたのですが、いま思えば結構無茶なことですね(笑)。でも、研究畑で育ったもので、二番煎じのビジネスは極力やりたくなかったんですよ。自分が日本一、世界一正確に測れる研究・事業じゃないと武器にならないし、ライバル企業に食われちゃう。
菊水くんは犬の行動学者ですが、犬のことを考えながら社会の仕組みも発展させるということを今もやっていて、軸がぶれていないんですよ。
そういうところを彼から学び、「自分のやるべきことはオキシトシンを測定して世の中を豊かにすることだ」という一本柱を掲げて、それを追究していこうと考えたんです。
オキシトシン測定をペットに
――ペットのオキシトシン測定をすることは今後、どのようなことに活かせると考えていますか?
オキシトシン測定と同時に、ストレスレベルを測るコルチゾール測定も行っているのですが、これらの測定は、例えばペット販売をされている方に活用いただくのも良いのではと考えています。飼い主さんの家族の一員として迎えられたことでオキシトシンは上がり、ストレス値は下がるということを数値で証明することができるのです。ペットや人のストレス管理に役立てるため、オキシトシンとコルチゾールの測定技術を広く普及させ、社会全体を豊かにすることを目指しています。
エアープランツ・バイオのサービス展開
――オキシトシン測定の他に、ペットのDNAを保存するサービスもありますが、どのような展開を考えられているのでしょうか?
DNAの保存サービスは、事業という側面から考えても安定した長期的なビジネスであり、ゲノム情報の解読がもっと身近になったときに、治療の方法が素早く決まったり、家系がわかったりと、将来的に絶対有用な情報になると考えています。遺伝子情報が身近になる時代がくる、と見据えて2016年1月にDNAを保存するサービス「DNA Stock Assist®」をスタートさせました。
ペットが生きていた時の楽しかった思い出や写真・映像と一緒にDNAという唯一無二の記録を残せることは、飼い主さんにとっても貴重なことだと思っていますが、今までにないサービスなので、最初はみんな口を開けて「何それ?」みたいな感じでした(笑)。
このサービスはありがたいことにペット霊園との連携を通じて、現在までにのべ約3000件のお申し込みを受けました。さらに、目に見えない「DNA」の存在や価値を身近に感じていただくための付加サービスとして、DNA情報から愛犬のルーツを探る「Roots Journey」もスタート。この「Roots Journey」では犬種の違いを見極めるDNAマイクロアレイ解析により、両親・その両親・さらにその両親まで3世代前まで遡り、正確な犬種系統を確認することができます。これにより、罹りやすい疾患や犬種の性質・性格を知ることができ、適した生活環境を整えることができるため、多くの犬の飼い主さんにご利用いただいています。今後はリクエストの多い猫のルーツ解析も追加したいと考えています。
未来への展望
私のポリシーは、心豊かで健やかな社会生活を送るために貢献することです。
人にありがとうって言ってもらえるようなものじゃなければ、ビジネスとして成功しないという考えがあるので、オキシトシンやコルチゾールを測ることで社会貢献したいと思っているんですよ。
その延長で、やっぱり人とのコミュニケーションって社会の根幹だと思っていて。多くの人が上手に他者と繋がりを持てるような、こころ豊かな社会を作っていく上で何ができるか、と考え続けています。
現代ではコミュニケーションをうまく取ることができず、病気として認識される人たちは神経性、精神障害というように捉えられてしまうことが多いですが、オキシトシンなどの数値としてわかれば、コレステロール値が高い、などと同じ感覚―いわゆる内分泌疾患などと一緒に捉えることもできるわけです。
将来的にはオキシトシンやコルチゾールの測定を通じて、多くの人々が他者と上手に繋がり合える豊かな社会を作りたいと思っています。自閉スペクトラム症の人々やペットにも応用できる測定キットを開発することで社会に貢献できるよう、まだまだ挑戦を続けていきたいですね。
【プロフィール】
武山 健一
(株)エアープランツ・バイオ代表取締役
農学博士 Ph.D.・東京農業大学客員教授
経歴
東京大学大学院 農学生命科学研究科 博士課程修了
東京大学准教授を経て米国Harvard大学医歯学部客員准教授兼講師
現在 東京農業大学内にて産学連携バイオベンチャー(株)エアープランツ・バイオを創設・主宰
オリジナル論文
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8025410
発表論文
(一般社団法人日本未病学会に掲載/論文は会員のみ閲覧が可能)
測定協力論文
LOVOT論文
https://www.cell.com/iscience/fulltext/S2589-0042(23)02639-1