アメリカでの経験を日本に還元したい──。目指すのは、日本の獣医療における放射線治療の発展

塩満啓二郎先生

どうぶつの総合病院専門医療&救急センター放射線腫瘍科
主任・塩満啓二郎先生

動物に関わる様々な分野のトップランナーの皆さまにお話を伺う「The specialist」。
第一回目となる今回は、放射線腫瘍科 主任・塩満啓二郎先生のインタビューをお届けします。


アメリカで腫瘍学の学びを深め、専門医の資格を取得された塩満先生。そこでの経験や気づき、そして人生の転機ともなった日本への帰国についてなど、たっぷりとお話をお聞かせいただきました。

目次

一本のメールから開けたアメリカでの学びの道

── 現在、放射線腫瘍学の専門医として獣医療に携わられている塩満先生ですが、専門医の資格取得を目指したきっかけや背景をお聞かせください。

大学を卒業してから3年半ほど、小動物の臨床医として動物病院に勤務していました。そこで腫瘍性疾患を診る機会が多くあり、腫瘍学への学びを深めたいと思ったのが専門医を志した最初のきっかけです。


ただ、当時の日本はがんの研究会などはあったものの、専門医としての勉強などは一般的ではありませんでした。最先端の腫瘍学を学ぶには、あらゆる情報が集まっているアメリカへ行くのがベストであると知り、まずはビジティングという形でコロラド州立大学に短期研修へ。2ヶ月ほどのあいだ腫瘍科に在籍し、アメリカの診療の仕組みやレジデント、また専門医の方たちによる診療並びに治療を目の前で勉強させてもらいました。

── 短期のビジティングから腫瘍学の学びがはじまったのですね。その後、アメリカではどのように経験を積まれたのでしょうか?

アメリカで資格を取得して専門医になりたい!という夢はあったものの、腫瘍学の勉強をさせてもらえるところすらなかなかないのが現実です。

そこで私は、アメリカの大学にある腫瘍科の先生に片っ端からメールを送りました。

「日本から腫瘍学を学びに来ました。勉強させてください」

そんな私のメッセージにルイジアナ州立大学の一人の先生が返信をくださり、大学へ招いてくださったんです。さらに、そこでビジターとして勉強させてもらうなか、その先生はリサーチャーアシスタントのポジションを私に打診してくれました。

それまでは給与もない“見学者”の一人だった私でしたが、そういった職をいただいてクリニックに出してもらうことができたんですね。
臨床の勉強をしながら、彼のサポートをすることよって“研究者”としても経験を積むことができた5年間。本当にいろいろなことを学ばせてもらいました。


その後、同じルイジアナ州立大学でクリニカルインストラクターの職に就きましたが、やはり私が目指していたのは腫瘍科の“専門医”。その資格取得のためには不可欠であるレジデントとしての経験を積むべく、ルイジアナ州立大学からノースカロライナ州立大学の放射線腫瘍科へ移り、2008年、放射線腫瘍学の専門医資格取得に至りました。

── アメリカでのさまざまなご経験を踏まえて、専門医資格の取得において大切だと思うことをお聞かせください。

まずはやはり英語力ですね。アメリカに渡った当時の私は英語がまったく話せなかったためこの言語の壁はかなり高く、現地の語学学校で半年間英語を学びました。

日本は学校で英語の授業があるものの、一般的にそのレベルは高いものとは言えないでしょう。読み書きはできたとしても英語での“コミュニケーション”となるとどうしても劣ってしまう。しかし、ここは患者様との信頼関係にかかわる部分なのでとても大切なんです。また、もしアメリカへ行くことを目指すのであれば、まずはアメリカの教育や臨床など、何かしらの獣医療の現場に携わることが重要です。


残念ながら、日本の獣医師の先生がすぐにアメリカの臨床医として受け入れてもらえるようなことは現実的ではありません。ですがその第一歩として、たとえばレジデントの前のインターンやビジティングなどによって“現場に触れる”機会を持つことはとても大切でしょう。

アメリカの最先端の放射線治療を日本でも…。大きなチャレンジに帰国を決意

── では次に、現在いらっしゃるどうぶつの総合病院で働くことになった経緯をお聞かせください。

代表の安藤先生とは2011年に知り合い、そこで初めて専門診療の動物病院をつくりたいという夢をお持ちだと聞きました。まずは内科や外科といったメインの科からスタートしながらも、ゆくゆくは放射線腫瘍科も立ち上げたいとのことで、その後も意見交換をさせていただいていたんですね。そして安藤先生は見事にその夢を実現され、どうぶつの総合病院はどんどんと拡大していきました。
その後「放射線腫瘍科を立ち上げる準備が整いました」とわざわざアメリカにまで足を運んでくださり、どうぶつの総合病院へのお誘いをいただいたのが2020年。
アメリカの最先端の放射線治療が日本でできる。さらに、それによって患者様のケアをすることもできる…。これはぜひチャレンジしたい!と思い帰国することを決めました。

── 塩満先生の人生においても、かなり大きな決断だったのではないでしょうか。

そうですね。人生のほぼ半分近くをアメリカで過ごし、家族を含めた日常の暮らしはもちろん、終身雇用の約束もされていました。しかしこの先の人生で、自分がアメリカで経験してきたことを日本の獣医療にも還元することができないか?と考えたとき、そのお話はとても魅力的だったんです。アメリカでキャリアを築くことももちろんできましたが、他の獣医師が経験できないような挑戦がそこにはありました。

── 先生がアメリカで培われてきたものを日本の獣医療にも…と感じられたのですね。

はい。日本には経験豊富な獣医師の先生がたくさんいらっしゃり、獣医療のレベルも高いと言えますが、放射線腫瘍に関してはまだまだ発展途上です。そんななか、日本で放射線腫瘍の治療を根付かせること、そして学問を発展させることができるとても良い機会だと思いました。また、それができる人材もそう多くはないだろうと。日本で大きなチャレンジができる。年齢的にもこれが最後のチャンスなのでは?と感じ、どうぶつの総合病院で働くことを決めました。

この時代ならではの情報・ネットワークの活用を

── これまでアメリカと日本で獣医療に携わってこられましたが、塩満先生が感じられるこの2つの国の違いはどのようなものでしょうか?

一番は教育レベルに大きな差を感じます。日本の大学では国家試験に合格できればOK、というレベルの教育ですが、アメリカでは大学4年生の一年間、臨床の研修を受けることができます。ここで経験値がかなり上がり、卒業時にはある程度の戦力が身に付くんですね。日本では、大学を卒業してはじめて臨床経験を積むことになるので、やはりここの差はかなり大きいのではないでしょうか。

── 最後に、これから獣医師(専門医)を目指す若者へのアドバイスをお願いします!

さまざまなところから情報を得やすいこの時代。YouTubeで講義を聞いたり、教科書だけではなく雑誌などから学んだりもできるので、ここは大いに活用していただきたいと思います。また、日本にいる経験豊富な獣医師の先生方からの情報なども取り入れやすい環境でしょう。ぜひ積極的にコミュニケーションを取りながら、そういったネットワークも活かしていってください。

<プロフィール>

塩満啓二郎(どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター  放射線腫瘍科 主任)

◾️学位・称号・資格
獣医師、米国獣医放射線学専門医(放射線腫瘍学)

◾️略歴
1991-1997年
麻布大学獣医部獣医学科
1997-2001年
大阪府内動物病院 小動物臨床獣医師
2001-2002年
ルイジアナ州立大学獣医学校 腫瘍科臨床研修  
2003-2005年
ルイジアナ州立大学獣医学校 腫瘍科臨床研修,リサーチ助手  
2005-2006年
ルイジアナ州立大学獣医学校 クリニカルインストラクター
2006-2008年
ノースカロライナ州立大学獣医学校 放射線腫瘍科レジデント
2008-2014年
ルイジアナ州立大学獣医学校 助教授
2014-2015年
ルイジアナ州立大学獣医学校 准教授、テニュア取得
2015-2023年
フロリダ大学獣医学校 准教授
2023年
どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター放射線腫瘍科主任

◾️論文実績
論文実績はこちら

塩満啓二郎先生

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