アメリカでの経験を還元したい。進化つつある日本の獣医療に望む「疼痛管理」のさらなる浸透

どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター  外科 / 麻酔科 / ペインクリニック
主任 浅川 誠先生

動物に関わるさまざまな分野のトップランナーにお話を伺う「The specialist」。
今回は、どうぶつの総合病院専門医療&救急センター  外科 / 麻酔科 / ペインクリニック 主任・浅川 誠先生のインタビューをお届けします。
アメリカで専門医の資格を取得した浅川先生が感じた、日本とアメリカとの大きな違い。そして「麻酔疼痛管理」の専門医としてこれからの日本の獣医療に望むことなど、たっぷりとお話をお聞かせいただきました。

日本とは大きく異なる教育環境。専門医取得を目指しアメリカへ

── 現在、浅川先生が主任を務められている外科・麻酔科・ペインクリニックについて、それぞれどのような役割を持つかをお聞かせください。

まず、治療において必要な手術を行うのが外科の役割。そして麻酔科は、手術時だけではなく検査時も含め、麻酔を必要とする動物に対して安全に麻酔を提供する役割を持ちます。

またペインクリニックは、末期がんなどによって痛みを感じていたり、整形外科的な疾患などの痛みによって苦しんでいたり、ごはんが食べられなかったりする動物に対し、極力“普段どおり”の生活を送らせてあげることを目的として治療を施す部門です。

── アメリカで「麻酔疼痛管理専門医」の資格を取得されていますが、この取得に至った背景はどのようなものでしたか?

私が専門医資格を取得したのは、2000年代のはじめ。この頃は日本に全く専門医制度がなく、その概念や知識すらもほとんど根付いていない状況でした。

もちろん高い技術を持っている先生はいましたし、いわゆる日本でいう“弟子入り”のようなこともできはしましたが、そうなるとどうしても一部分に特化した学びしか得ることができません。

たとえば外科であれば、あるひとつの手術を得意とする先生から学ぶことはできても、骨の手術や心臓の手術、さらには肝臓も…といった包括的な勉強ができる環境が日本にはなく、それを叶えるのがアメリカの専門医制度だったんです。

また、学生当時に海外臨床実習のプログラムに参加し、アメリカの獣医大学で講義を受けたりドライラボの実習を受けたりしたのですが、そこでも日本とアメリカの“教育”において、大きな違いがあることを目の当たりにしました。
そういった経験が、アメリカでの専門医資格取得を目指したきっかけとなっています。

── 大きく異なる日本とアメリカの教育。具体的にはどのような違いを感じましたか?

一言で言うと、アメリカはしっかりとシステム化されていると言いましょうか…。

たとえば自動車教習所で例えると、テキストやシミュレーターが十分に揃っていて、教官が同乗しながら運転の練習をさせてもらえるのがアメリカ。
一方で日本は、突然車のカギを渡されて「ひとりで乗ってきて」と言われるような、そんなイメージです。

── それは大きな違いですね。現在は日本の教育制度も変わってきているかと思いますが、アメリカとの差は縮まっているでしょうか?

そうですね。
日本の教育もだいぶ進歩して、少しずつアメリカに近づいているのがわかります。
アジアの専門医制度が立ち上がるなどしていますし、教育に力を入れていこうという傾向が学会や大学でも見られ、徐々にではありますがその差は縮まっているのではないでしょうか。

アメリカだからこそ得られた学びを日本の獣医療にも

── 渡米後、コーネル大学の麻酔科小動物外科のレジデントとして経験を積まれています。慣れない地での学びの日々に苦労はありましたか?

まさに“毎日が挑戦”の日々でした。

なかでも一番は、やはり言語の壁ですね。英語がまったく話せない状態で行ったので、周りの人と会話をしていても何を言ってるかわからない。しかも、みんなが知っていることでも自分だけが知らない、というようなことも多々ありました。

当時の日本の大学では、学生は十分な臨床経験を積めないことが多かったため、座学による知識が中心となり、どうしても“抜け”が出てしまう。やはりここでも、日本とアメリカの基礎教育の差があらわれるわけです。


そういった知識面での苦労は大きく、とにかく会話をして英語を身に付ける。そしてひたすら勉強するといった毎日でした。

── そんな努力の日々を経てアメリカで専門医を取得。教育にも携わられたのち、現在はどうぶつの総合病院で活躍されていますが、そこに至った経緯をお聞かせください。

どうぶつの総合病院は、レジデントプログラムやインターンプログラムをはじめとした獣医学教育にも取り組んでいますが、かねてから代表の安藤先生からは「日本にもアメリカと同じような教育病院をつくりたい」というお話をお聞きしていました。

そうしたなか、ぜひ私も一緒にチャレンジしてみたい!と感じたのが、帰国の道を選んだ理由のひとつです。

私自身がアメリカへ行ったからこそ学べたことを日本の獣医師にも伝えたい。そして、これまで培った経験を日本に還元したい!そんな想いが、新たな挑戦への後押しとなりました。

── 日本の獣医療現場に立ち、あらためて日本とアメリカの違いとして何か感じるところはありますか?

一番は飼い主さんの考え方ではないでしょうか。
痛みによって苦しんでいるペットがいたら、アメリカは安楽死によって「苦しみから救ってあげよう」と考える人が多い気がしますが、日本は「命を落とすことの方が辛い」と考える方が一般的であり、そのため動物は苦しみに耐えながら最期を迎えることが多い印象があります。

これはどちらが良い・悪いではなく、日本とアメリカの考え方、文化の違いだと言えます。

── アメリカでは、まさに浅川先生のご専門である「疼痛管理」が多く求められるのですね。今後日本でもそのニーズは高まると思われますか?

高まると思いますし、ぜひ高まってほしいです。
以前、末期がんに伴う痛みによりごはんを全く食べられなくなった犬を診療したのですが、投薬を開始して3日後くらいから元通りごはんを食べることができるようになったんですね。

それから2週間くらいで亡くなってしまったのですが、「最期にいつも通りごはんを食べる姿を見ることができてよかったです」と飼い主さんがわざわざお礼を言いに来てくださいました。


日本は動物の痛みに対していわゆる“緩和治療”がされないケースが多く、たとえば痛みがあることによってごはんを食べない場合も、痛みの緩和ではなく食欲増進剤を使うといったアプローチになる傾向がある気がします。

あの日、私にお礼を伝えに来てくださった飼い主さんの姿を想うと、“痛み”に対してケアをする選択肢もある、というこの考え方がより浸透していくことを望みます。

日本の獣医療に望む「疼痛管理」のさらなる浸透

── これからの日本の獣医療において、先生が望まれることはどのようなことでしょうか。

まずはやはり、こうしたペインクリニックを専門とした科を持つ動物病院が日本にもあるということを、より多くの飼い主さんに認知いただくことです。

そしてこれは、ぜひ獣医師の先生方にも知っていただきたいこと。


そもそも疼痛管理への知識や理解においては、獣医師の間でもまだまだその深度が十分とは言えません。
ぜひ疼痛管理というものをもっと深く知っていただき、日本の獣医療の発展に活かしていただければと思っています。

── 最後に、これから獣医師(専門医)を目指す方へのアドバイスをお願いします!

専門分野を身に付け今後の診療に活かしていきたいと考えている方は、ぜひ専門医資格の取得にチャレンジすることをおすすめします。

とはいえもちろん、資格の取得はゴールではなく、あくまでもスタートライン。

専門医資格は夢を実現するための“起点”ととらえ、そこからさまざまな挑戦をしていってください!

プロフィール

浅川 誠(どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター  外科・麻酔科・ペインクリニック 主任)


◾️学位・称号・資格
獣医師、米国獣医麻酔疼痛管理専門医(ACVAA)

◾️略歴
1995-2001年
日本獣医生命科学大学
2003-2005年
米国コーネル大学麻酔科レジデント課程修了
2005-2007年
米国コーネル大学麻酔科講師
2007-2013年
米国ノースカロライナ州立大学麻酔科准教授
2013-2016年
米国コーネル大学小動物外科レジデント課程修了
2016年
どうぶつの総合病院 専門医療&救急センター 外科・麻酔科・ペインクリニック主任

◾️論文実績

論文実績はこちら

この記事が気に入ったら
いいねしてね!

面白かったらシェアしてください
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!