今回お話を伺ったのは、株式会社ハグウェル グループ統括院長の佐藤貴紀先生です。愛犬の病気をきっかけに獣医師への道を志した佐藤先生。臨床医である傍ら、予防医療、教育、ビジネスと医療の融合など、多角的な視点で動物医療の未来を切り拓く姿に迫ります。
「動物をケアしたい」愛犬との思い出を原点に目指した獣医師への道
─ まずは、佐藤先生が獣医師を志したきっかけを教えてください。
私が獣医師を志したきっかけとなったのは、幼いときに飼っていた愛犬の存在でした。
その子が病気を患ってしまい入院をしたことがあったのですが、結果的に快方には向かわず、後ろ脚が麻痺した状態で帰ってきたんです。35年前ぐらいの話なので医療レベルが低かったこともありますが、当時の私は病気が治らなかった悔しさや悲しさのようなものを強く感じたんですね。
そのとき何か自分なりにできることはないかと考え、たどり着いた答えがマッサージをしてあげることでした。そうしてマッサージを続けていると、幸いにも少しずつ力が入ってきて立つことができたのですが、当時の僕にとってはそれがものすごく嬉しくて。
その経験から「動物をケアしてあげたい」という気持ちが芽生え、獣医師への道を歩みはじめました。
─ 幼いときの出来事から、一途に夢を叶えていったのですね。そんな佐藤先生が、動物医療の現場で大切にしていることはどのようなことでしょうか。
まず一番大切にしているのは、目の前にいる“動物を”しっかりと見てあげるということです。動物医療においては、どうしても飼い主さんの方に目が向いてしまいがちなのですが、たとえば問診で飼い主さんから症状を聞くものの、診察してみるとまったく状態が違っていたり、同じ病名でも症状や痛みはそれぞれだったりすることはめずらしくないんですよね。
だからこそ、獣医師としてまずは動物を見て、その病態に対して説得力をもって飼い主さんにより良い提案をしていくことが重要だと考えています。
また、業界の発展という観点では「教育」にも力を入れていきたいと考えています。専門医が増え始め、動物看護師は国家資格になり…と、動物医療のレベルは間違いなく上がってきています。そんな中、この業界に携わるみなさんの学ぶ機会を多く作り、より精度の高い医療にしていくことは欠かせないと感じているので、教育により成長ができる環境を整えていきたいですね。

これからの動物医療に欠かせないのは、変化をいとわない柔軟な視点
─ これまでフード開発やSNSでの発信など、診療以外にもさまざまなことに取り組まれてきたかと思います。その背景にはどのようなものがあるのでしょうか。
たしかに一見するといろいろなことをやっているように見えるかもしれないのですが、実はその根底には“病気の予防”という観点が一貫してあるんです。
今の獣医療は診療範囲の広さゆえに、それだけ浅い対応になってしまうこともあります。特に一次診療の現場では、獣医師がすべてに対応しようとがむしゃらにがんばっていますが、そこには限界があるのも事実。そんな中、自分にできることは?と考えたとき、それが「病気にさせない獣医師」でした。
栄養・安全性にこだわったフードの開発やSNSの発信、オンライン診療など、あらゆる側面から動物の病気予防にアプローチしていければ、という思いですべてに取り組んでいるというわけです。
─ 近年、動物医療の技術革新や飼い主さんの意識の変化など、業界を取り巻く環境が大きく変わっていると感じます。こうした変化を踏まえ、未来に目指す動物医療の在り方、またそのために必要なことはどのようなものでしょうか。
この業界は、実はブラックボックス的な部分がたくさんあり、そこの可視化はしていかなければいけないと感じています。例えば自由診療になった経緯やそこで生まれる診療費の違い、労働環境などが挙げられますが、どれもビジネスという観点でいうと、資本が大きい方が圧倒的に有利になる可能性が高いですよね。
結果的にいわゆる「企業病院」が増えつつあり、一方の個人病院は高い専門性をもって医療レベルを上げていかなければ選ばれなくなってしまう。こうした二極化が進むなか、やはり個人病院の先生には、企業とのコラボレーションや医療技術の棲み分けを上手に取り入れる視点が不可欠になるのではないでしょうか。それによって経営の安定、ひいては安心・安全な医療の提供や、従業員の福利厚生などにつながり、企業病院との共存が叶うのではないかと考えています。
─ これまでの“獣医師”の固定概念にとらわれず、柔軟な視点を持つことが大切ですね。
そうですね。ただここには、教育の問題も大きくかかわっていると感じています。
私自身もそうでしたが、大学では生理学や病理学など「病気」のことは学んだものの、経営や栄養については学ぶ機会がとても少なかった。
でも本来は獣医療というものをもっと広く捉え、学べる場を増やすべきではと感じています。たとえば企業との連携や、ペットテック・IoTデバイスによる早期診断、AIによる診断精度の向上など、この業界のさまざまな変化についても常に情報収集をし、自分なりに医療に取り入れることも重要だと思っています。

横のつながりを強固に、今ある命を守る
─ 株式会社ハグウェル・グループ統括院長としての、今後のビジョン・構想をお聞かせください。
まずひとつには、この病院で働く方たちが、やりがいを持って成長できる環境であり続けたいということです。獣医師や動物看護師としての技量のみならず、人間関係の構築や考え方といった“人としての成長”ってやっぱり大切だと思うんですよね。
当院はベイシアグループが展開しているわけですが、これはビジネス的な観点や社内制度のことなど、個人の病院ではなかなか触れることのできない学びを得られるとても良い環境だと思うので、獣医師率いる現場の人に「この動物病院で働けて良かった」と思ってもらえるような職場、さらには業界にしていきたいです。
医療面においては、ビジョンとして「健診受診100%の実現」を掲げており、早期発見により健康寿命の延伸につなげ、動物さんも飼い主様も笑顔になれる、そんな世の中を思い描いています。また、専門性の高い先生がいることや、CT・内視鏡などの高度医療機器(今後は腹腔鏡なども)の導入によって、より精度の高い医療提供をコンセプトとしています。
症例の少ない難しい治療も、グループ内で連携しながらスピード感をもって臨めるこの体制を強みに、トリミングサロンやホテルなどもご利用いただける…「ここに来たら何でも揃っている」と飼い主さんに感じていただけるような、環境、施設を目指していきたいです。
─ 最後に、動物医療業界やペットビジネス業界、この記事を読んでいる方たちにメッセージをお願いします。
ペットが減ってきていると言われている今、ペットに対するサービスや商品などが縮小することで今暮らしている犬や猫、その飼い主さんたちが暮らしにくくなってしまうことが一番の懸念点です。
そうならないためにも、業界内の横のつながりはとても大事だと思うんですよね。
たとえば動物病院であればライバル視するのではなく、それぞれが得意とする専門性を活かした連携プレーができると良いと思いますし、トリミングサロンやドッグカフェなどもそう。競合相手として捉えるのではなく、動物が好きでこの業界にいる私たちみんながしっかりと動物のことを考えながら手を取り合っていけば、きっとペット業界をもっと大きく、明るくしていくことができるのではないかと考えています。
ぜひ積極的にコミュニケーションをとりながら、業界の活性化を図っていきましょう。
佐藤貴紀先生プロフィール
白金高輪動物病院 院長、(株)WOLVES HAND取締役COO、目黒動物医療センター院長を
経て、(株)PETOKOTO非常勤取締役、VETICAL社長(兼任)
ハグウェル動物総合病院グループ
https://hugwell-vets.com
株式会社ハグウェル
https://hugwell-corp.co.jp