
「自分が食べているお菓子に、愛犬が近づいてくる。これはあげられないけれど、もし一緒に楽しめたら——」
そんな発想から生まれたのが、湖池屋と日本ペットフードが共同開発した犬用おやつ「わんムーチョ」です。
今回PBJでは、株式会社湖池屋 ECマーケティング部の神村拓美さんにインタビュー。
人向けスナックメーカーである湖池屋が、なぜペット市場に挑戦したのか。そして開発の中で見えてきた“ペットビジネスならではの難しさ”や可能性について、お話を伺いました。
きっかけは「ECで新しい事業ができないか」

今回のプロジェクトがスタートしたきっかけは、社内で「ECを起点にした新しい事業」の可能性を模索していたことでした。
「元々、ECで何か新しい事業ができないかという話がありました。ペット市場は伸びていると聞いていましたし、可能性があるのではないかと考えたのがスタートです」
人向けのスナックを展開してきた湖池屋にとって、「おやつは家族で楽しむもの」という視点で見れば、ペットもまた新しい対象になり得るのではないか。そんな発想があったといいます。
「ペットが家族のような存在になっている中で、スナックも人だけでなく、家族という意味でペットの方に広げることで、湖池屋としても価値をつくれるのではないかと考えました」
単に「ペット市場が伸びているから参入する」のではなく、
自社が元々持っている価値を、ペットと暮らす生活者にどう接続できるか。
そこが企画の出発点になっているのです。
「健康」だけではなく、“楽しいおやつ時間”をつくる
ペットフードやペットおやつの世界では、健康、無添加、機能性といったキーワードが強く打ち出されることが少なくありません。
一方で、湖池屋が「わんムーチョ」で大切にしたのは、健康訴求そのものではなく、愛犬との楽しいおやつ時間でした。
「スナックは嗜好品です。なくてもいいものかもしれないけれど、だからこそ楽しさがある。普段の商品開発でも、スナックが持つ楽しさを大切にしています。今回も、健康というより“楽しさ”を中心に考えました」
この“楽しさ”を軸にした発想は、ペット市場の変化を象徴しているようにも感じます。
ペットの家族化が進むほど、飼い主は安全性や健康面に敏感になります。けれど、生活の中には「正しさ」だけではなく、「うれしい」「楽しい」という時間も必要です。
人間がおやつを食べる時も、栄養だけを目的にしているわけではありません。
少し気分を変えたい。
家族と一緒に楽しみたい。
ちょっとしたご褒美にしたい。
「わんムーチョ」は、そうした人間のおやつ文化を、犬との暮らしに翻訳した商品とも言えます。
まったく違った「人のお菓子」と「犬のおやつ」

プロジェクト始動より実に2年余りかかったというこの商品。湖池屋は、ブランドや“楽しさ”の世界観を担い、日本ペットフードは、犬にとって安全で適切な商品設計や販売面を支える役割を担当。
「当初は、湖池屋らしくポテトチップスでやるのがいいのではというアイデアもありました。でも調べるうちに“油はペットによくないので、ノンフライじゃないと難しい”と知りました。本当に基礎から分からない状態でのスタートでした」
犬用おやつでは、油分や安全性だけでなく、サイズ、硬さ、食感、風味まで、人間用とはまったく違う考え方が必要になります。
両社が試作を重ねる中で、特に苦労したのが“食感”だったそう。
人向けスナックでは、軽いサクサク感が魅力になります。一方で、その軽さを犬用おやつで再現すると、製造工程で壊れやすかったり、犬が食べる時にボロボロしすぎたりする問題が起きたといいます。
「ペットフードは比較的硬めのものが多い一方で、スナックは軽い食感が多い。その間をどう作るかが本当に難しかったです」
そこで大きな支えになったのが、日本ペットフードとの協業でした。
開発中は、「犬用としてどうあるべきか」を何度も相談しながら進めていったといいます。
「ペットフードの知見や営業面は、日本ペットフードさんの力を借りながら進めていきました」
社内の開発チームにとっても初めての取り組み。神村さんを筆頭にみんなで試行錯誤をしながらプロジェクトを進行させたといいます。通常のスナック開発にかかる時間はおおよそ1年が目安という中、その2倍の時間をかけながら、湖池屋らしい“楽しい犬用おやつ”が形になっていったのです。
「カラムーチョ」の強さが、同時に壁にもなった

https://mucho.koikeya.co.jp/hi-ichizoku.html
「わんムーチョ」の面白さは、湖池屋のロングセラーブランド「カラムーチョ」の世界観を活かしている点にもあります。
ムーチョブランドには、キャラクターや独自の世界観があります。パッケージに登場する「ヒー犬(ヒーいぬ)」も、ムーチョブランドの世界観とつながる存在です。
ブランドとしての楽しさ、覚えやすさ、キャッチーさがある。
一方で、強いブランドには、強いイメージもあります。
「カラムーチョは“辛い”イメージが非常に強いブランドです。そのため、犬用おやつとして展開する際には、辛いものなのではないか、と誤解されるリスクがありました。そのため、パッケージでは赤色を避け、柔らかい色味を採用。さらに辛くないことを明記するなど、誤認を防ぐ工夫をしています」
人間向けで強いブランドほど、生活者の中にすでに明確なイメージがあります。
そのイメージをどう活かすのか。誤解をどう防ぐのか。
ブランド資産は武器であると同時に、丁寧に扱うべき課題にもなるのです。
ペット市場に触れて見えた、“家族と同じ熱量”

神村さん自身は、幼少期からペットとの接点が少なく、犬に対して少し距離感もあったそう。しかし、実際にペット業界の展示会へ足を運んだことで、そのイメージは大きく変わったといいます。
「ペット用のベビーカーや服、遊び道具などを見て、本当に家族の一員なんだと感じました。自分の姪っ子と同じくらいの愛情で、なんでもかんでも買ってあげたいという飼い主さんがたくさんいて。その熱量に驚きました」
そうした体験を通じて神村さんが感じたのは、「モノ」だけではなく、“一緒に楽しむ時間”への価値の大きさでした。
「わんムーチョの発売に向けて目指したのは、単なる犬用おやつではなく、飼い主さんと愛犬が同じブランドの世界観を楽しめること。湖池屋らしい“おやつの楽しさ”を、ペットとの暮らしの中にも広げられないか——そんな発想が、企画の根底にありました」
ペット市場では今、“機能”や“健康”だけでなく、飼い主の感情や体験価値に寄り添う商品が増えています。ペット業界ではない企業だからこそ見えたその熱量が、「わんムーチョ」という新しい挑戦につながっていました。
反響は好調。広がる“異業種×ペット”の流れ
発売後の反響も好調。食品産業新聞社の記事によれば、「わんムーチョ」は2026年3月から4月にかけて出荷金額が計画比200%超で推移したと報じられています。(食品産業新聞社ニュースWEB)
「日本ペットフードからも、想定を大きく上回る反響があると聞いています」と神村さん。
近年は、森永製菓の「人とペットが一緒に食べるおやつ」など、人間向け食品メーカーがペット領域に目を向ける動きも見られます。
もちろん、犬や猫の飼育頭数だけを見れば、人間向け市場よりも対象者は限られます。
それでも大手食品メーカーや宿泊施設、家電メーカーなどがペット領域に関心を持つのは、そこに単なる数以上の価値があるからです。
ペットは、購買単価を押し上げる存在であり、家族の意思決定に影響する存在でもあります。
そして何より、飼い主の感情を強く動かす存在です。
「わんムーチョ」は、その感情に対して、湖池屋らしい“楽しさ”で応えた商品と言えるでしょう。
「自社らしさ」と「専門家との連携」がヒットのポイント
PBJとして、今回の取材から見えてきたペットビジネスのヒントは、大きく3つあります。
1つ目は、自社らしさを活かすこと。
ペット向けだから、と過度に“健康”へ寄せず、スナックメーカーとしての楽しさ、ブランドのキャッチーさ、パッケージのワクワク感が飼い主にも受け入れられているのではないでしょうか。
2つ目は、ペット領域の専門家との連携。
犬の食べ物としてどうか、という点ではもちろん、飼い主が嬉しいか、安心できるか、また売り場でどうしたら手に取ってもらえるか。日本ペットフードとの協業は、そこを補う重要な役割を果たしたと言えます。
3つ目は、“モノ”だけではなく“時間”や“体験”を設計すること。
ペット市場では、健康性や機能性はもちろん重要です。一方で近年は、「一緒に過ごす楽しさ」や「飼い主の気持ちが動く体験」に価値を感じる人も増えています。
飼い主が好きなブランドの世界観を、愛犬との暮らしの中でも楽しめる。
そうした感覚をつくることも、これからのペット商品の価値の一つになっていくのかもしれません。
ペットビジネスは、単に犬猫向けの商品を作る市場ではありません。
人とペットの関係性をどう捉え、そこにどんな楽しさや体験を生み出せるか。
「わんムーチョ」は、“ペット向け商品を作る”ではなく、“ペットと暮らす時間にどう価値を生み出すか”に向き合った、湖池屋らしい挑戦と言えそうです。
Pet Biz JAPAN編集長 小川 類
リンク:日本ペットフード「わんムーチョ」公式ページ
https://www.npf.co.jp/wanmucho/index.html
